「事実」と「思い込み」は切り分けて考える
先日の月山登山では残雪が予想以上にかなり残っていて、
残雪を慎重にトラバースして雪がない木道の手前が半透明になっていたので
シャーベット状だろうと思い、左足を乗せたらアイスバーンになっていて、
すってんころりと転び尻餅をつき、
その後腰を痛めてしまい痛みに耐えながら山頂まで登りました。
雪山ではやっては大変危険な「思い込み」というものです。
逆に慎重になっていてアイスバーンかなと思い
シャーベット状になっている方が安全です。
山頂付近はお目当ての高山植物達に出会え幸せなひと時を過ごしました。
登山(特に雪山)において「思い込み」は最も危険で安全確認と安全確保は必須であります。
そうしないと怪我や命を落とす事もあるからです。
今回の事は次の雪山シーズンへ向けて身を引き締めて行こうと思う一件でした。
*** 登山とは別に ***
「思い込み」でいいますと、“いい思い込み“は良い事だと思いますが、
他人の言動で勝手な思い込みをして悪い方へ考え、
その人への信頼をなくし、(この人はきっとこうなんだ)と決めつけ
その人を悪く思ったり、と自分自身も心配して心身が病んでしまうと思います。
ですので、変えられない「過去」にいつまでも傷ついていると同じように、
勝手な思い込みで起こるか分からない「未来」に心配する必要はないと思います。
余計な心配をして心身が病んでくるよりは
「なんとかなるさ」の精神で明るく前向きに
自分らしく生きた方が気分よく過ごせると思います。
山形県の中央に位置する出羽三山の雄大な自然を背景に生まれた羽黒修験道では、
羽黒山は人々の現世利益を叶える「現在の山」、
月山はその高く秀麗な姿から祖霊が鎮まる「過去の山」、
湯殿山はお湯の湧き出る赤色の巨岩が新しい生命の誕生を表す「未来の山」
と言われます。
三山を巡ることは、江戸時代に庶民の間で「生まれかわりの旅」として広がり、地域の人々に支えられながら、日本古来の、山の自然と信仰の結び付きを今に伝えています。
~ 日本遺産 出羽三山より ~
と、出羽三山は「現在」「過去」「未来」の山とありますが、
他人の言動により深く考え過ぎず(分からない未来に不安を抱かない)
白黒つけず、ジャッジせず、何かのカテゴリーに入れず、
グレーのままで
(自分の気持ちも明日は分からないのに他人の先の気持ちなど分からないので)
「現在」「今」この時を、より良く生きる事を最優先に考え行動する。
「事実」と「思い込み」を切り分けて考えるくせを日頃からつけておけるといいですね。
「思い込み」をするなら「良い思い込み」で心身共にストレスなく行きたい(生きたい)ですね。